緩和ケア

91歳の叔父の最期の場所はホスピスでした。

叔父の自宅近くの病院から、叔父が希望して転院した葉山のハートセンターは、手術を対象にした患者さんの受け入れが主なので、始めから2~3週間の期限付きでした。(大動脈瘤の手術の時も3週間で退院しました)
その後の転院先も考えておかなければなりませんでした。
そのために、ハートセンターに受け入れのお願いをすると同時にホスピスへの入居の申し込みもしました。

我が家からそう遠くない場所にピースハウスというホスピスがあります。
日野原先生が理事長を務める日本で最初の独立型のホスピスです。

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22床に対して、5~60人の医師と看護師が24時間のケアをしてくださいます。
ボランティアの方も100名ほどいて、いろいろなサポートをしてくださいます。

申し込みをしてから面談があり、入居の予約をします。
叔父の場合は1ヶ月ほどかかりました。

ホスピスは、治療を目的とするのではなく、心身の苦痛を和らげるためのケアを施してくれる場所です。

家に居るのと同じような状態で過ごします。

患者だけではなく、家族も安らげるように配慮してくださいます。

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叔父は、もうどこが苦しいのかさえ分からないほど、体中に痛みが出ていました。
眉間に皺がより、呼吸も苦しそうでした。

それが、ピースハウスに入居した途端、眉間の皺が取れたのです。
たくさん付いていた点滴を外し、余分なものを体内に入れるのを止めました。
末期には栄養すら悪さをすることがあるのだそうです。

意識は薄らいでも、苦しみから解放され穏やかに過ごせることを私たちは望みました。


皆が集う食堂からは富士山が見えます。
手前にあるビルはテルモです。
クリスマスには、このピースハウスから見えるようにと、日替わりでツリーや星のイルミネーションをしてくださるんだそうです。
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おやつの時間には、ボランティアの方の手作りのお菓子で寛ぎます。

叔父の最期は本当に穏やかでした。

庭に水撒きをしていた方に、「あの木はなんですか?」と伺ったら「調べてみますね」と。

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写真を撮って、実物の葉も添えて、お手紙まで書いて部屋のテーブルの上に置いてありました。
「ネグンドカエデ フラミンゴ」だそうです。

今日はお礼状を書こうと思っています。

コメント

立派な施設ですね。

私の父親の死因は多臓器不全、元々、腎臓が悪く、それが元で、
次々臓器が犯され、何が死因かわからないと・・・
透析があり、病院は限られました。

最後は体をちょっと動かすだけでも大変でした。
これ以上は見ていられない・・・
そんな、新年まであと3日の雪の降る中、前日から意識が無くなった父親は、
軽井沢近くの病院で、私たち夫婦の見守る中で、息を引き取りました。
新年まではいう思いと、もう苦しむことはないという思いとが交錯しました。
そのあとは暮れの中、葬儀で、そんなことを考える暇も無かったですが・・・

人の最後をどう迎えるか、できれば家で、ぽっくりと・・・

考えておかなければならないようですね。

お疲れ様でした。

しばらく、ゆっくりとしてください。

こんにちは

v-22なんか・・涙がでました。。
とても安らかに穏やかに最後を迎えられたのですね。。
UPありがとうございます☆

ホスピス

たいへん考えさせられました。
夫の母が、昨年の暮に93歳を目前にして、ホーム併設の病院で亡くなったことがダブります。

ピースハウスホスピスには、以前見学に行ったことがあり、環境、設備、心配りに感心しましたが、何か引っかかりも感じていました。しかし、実際の場合をお伺いして、そのひっかかりが取れた感じがします。

人の最期は終わってしまってからでないとわからないですが、後から振り返って、色んなことを教えてくれますね。
叔父様のご冥福をお祈りいたします。

オコジョさんへ

苦しんでいるのを見るのも辛いですね。
叔父も最終的にはこれと言う死因はなく、少しずつ全部の臓器が閉じていったようでした。
まさに、スーッと幕を引いた感じでした。
夫とも息子たちとも死について、その後のことについて、たくさん話しました。
年月を経て、現実になったら又思いが違うかもしれませんが、考える機会を与えられたと思います。
>できれば家で、ぽっくりと・
それはそれで、残された家族は辛いらしいですよ。

アメジストさんへ

あのね、不謹慎かもしれないけど、叔父の死は「悲しい」と言う思いはあまりないの。
寂しさはあるけどね。
でもね、ピースハウスの方たちの思いやりや心遣いがとても嬉しく、そのことを思い出すと涙が出てきちゃうのよ。
最後にお部屋を出る少し前に、庭で摘んだ花をブーケにして持って来てくださったのよ。
手の中に入るくらいの小さなブーケに癒されました。

はしばみセーラさんへ

見学に行きましたね。
ホスピスを選んだのは、あの時の見学があったからのことでした。
何か引っかかるもの・・・
わかります。
私も思うものがありました。
一番の躊躇いは、積極的な治療をしないということかもしれません。
今現在、私や夫が・・・は、選択しないと思います。
年齢のこともありますし、快方に向かう可能性が極めてゼロに近いという状況もあります。
私たちとほぼ同じ年齢の方がいらして、ご自分の死を受け入れ、心穏やかに過ごされている姿には、強さを感じました。
一緒にお茶を頂きましたが、体の弱りはあっても気持ちは強い人だな~って思いました。
ピースハウスで徐々に鍛えられたって冗談をおっしゃっていました。
残された家族の生き方の指針にもなりますね。

ホスピス

日野原先生の名前は知っていましたが、意外と近くにあるなんて知りませんでした。
冨士山が見えるのも癒されそうですね。
叔父様が苦しむことなく穏やかに過ごされたのはよかったですね。
人生の最後、色々な選択があると思いますが、考えさせられます。

えむりさんへ

厳島湿生公園のすぐそばですよね。
高台にあるので景色もいいです。
叔父は91歳の割には若く見えます。
骨格がしっかりしていて、歯もほとんどが自分の歯だったので、口元も皺にならず笑ったような感じでとても穏やかでした。
そうですね、人生の最後をどのように迎えたいのか、考えることがあってもいいかもしれないですね。

叔父様

叔父様の人生、しあわせでしたね。そう思いました。
人生に後悔なし。そんな最後だったような気がします。

プリンさんへ

91なら大往生ですよね。
しあわせな人生・・・だと思います。
最後まで自分の意思を通せたんですもの。
プリンさんの叔母様は如何ですか?

おはよう~~♡

叔父様
91歳の生涯を全うされ、今頃は天国ですね☆

こむぎちゃんのこの記事を読んで
みきちゃんは、あるドキュメント番組を想いました。
若くして癌をわずらったチェリストの徳永兼一郎さんの最後です。
彼もホスピスを選ばれて
死の直前までホスピスのホールで演奏したんですよ~~
あの時の演奏は、たしか「鳥の歌」
涙が頬をつたわります。

最後までチェリストとして生きた徳永さんの想いと
叔父様が重なります。

ほんとうに良い人生だったと思います。

仙台にも唯一「スペルマン病院」がありますが・・・
とてもいい病院だそうです。


みきちゃんへ

今日も暑いよ~。
エアコンが嫌いな夫に合わせ、窓全開の我が家です。
風が入るのでいいとしましょう。

死は、みんなに平等に与えられた試練だよね。
どう迎えるかは人それぞれ。
ホスピスは、治癒の望みがない場合だけ入居ができるの。
自宅で過ごすのが本来なのかもしれないけど、いろんな事情があるしね。
「自分らしく」そうだね。
そうありたいね。
スペルマン病院、検索してみました。
同じような感じよ。
地域やボランティアの方の支えで成り立つところが大きいね。
入居費が高いでしょ?って聞かれるけど、保険適用だから普通の病院と同じ。
叔父の場合は個室だったので、差額が発生したけど、差額ベッド代は病院よりも安かったわ。
叔父は・・・私もいい人生を送ったと思います。
年老いても尚、恋をしたわけですから・・・
あっ、みきちゃんも「恋」の最中よねv-221v-238

環境も、スタッフも。

このホスピス施設、ハード的な環境もさながら、
スタッフさんの志も高いのではないかと、
この日記を読ませていただいて感じました。

こむぎさんがおっしゃっていたのは、
この叔父様のことでしたか。

わたしの短歌仲間のひとりが医大に併設のホスピスで
ボランティアスタッフとして働いています。
地域やボランティアに支えられてしか、
こまやかな運営は展開できないのではないかと言っておりました。

死について考えることは生きることを考えること。
こむぎさんのコメントにあったそのことばをこころに留めました。

seikoさんへ

>スタッフさんの志も高いのではないかと・・・
そうだと思います。
ボランティアをさせていただくのも研修があるようです。
コメントを頂いたお返事にも書かせていただいたのですが、多少の躊躇いもあることはあったのです。
本人が強く希望したわけではなく、私たちがその状況を判断して決めたことでしたので。
穏やかになった・・・というのも、私たちがそう感じたこと。
今になって、気持ちが後戻りしているのは、結局は残されたものの自己満足じゃなかったのか・・・と言うことあたりでしょうか。
自分の最期を自分で決められるといいですね。

ピースハウスは、心が安らぎますね。

はじめまして!
ピースハウスで91歳で安らかな最期を迎えられた叔父様のご冥福をお祈りします。
私の父も6年前に末期がんで亡くなったのですが、病院で人工呼吸器を最後までつけたままの痛々しい最期でした。
こういうホスピスで過ごしていたらどうだったのかな~と今でも思います。

何枚かのお写真を見せていただき、美しいアングルに感動しています。
富士山のお写真では、胸がずきずき痛みました。
実は、クリスマスイルミネーションの会社の研究職に内定していたのに、辞退したという現実が我が家の息子の今年の春の出来事なんです。
諸事情で他社に決めたんですが、未だに何故かふっきれない気持ちでいます。

何かのご縁で今日初めてブログを発見させていただきました。
これから、時々おじゃまさせていただいてもよろしいでしょうか?

すまいる☆さんへ

はじめまして。
ご訪問ありがとうございます。
とても嬉しいです。
叔父のことありがとうございます。
早いもので、もうすぐ49日を迎えます。
いろいろな選択肢があると思いますが、私たち残されたものは、最期の叔父の穏やかな顔を思い出すと後悔はありません。
でも、その状況で違いますので、難しいですね。

息子さん、あの会社に内定されていたのですね。
ご事情がおありのようでですね。

又是非遊びにいらしてくださいね。
お待ちしております。
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