2008.07/21(Mon)
石垣山一夜城
小田原に「干物」を買いに行った。
その道筋に「石垣山一夜城」がある。
聞いたことはあっても、今まで訪れたことはなかったので、チョット寄ってみる事にした。

上まで、こんなサンダル履きで登れるのだろうか。

こんなところだよ。


と言いつつ、何とか上までたどり着いた。
1590年、豊臣秀吉が北条氏の本拠である小田原城を水陸15万の大軍を率いて包囲した。
石垣山は小田原城から3km離れた場所にある。
標高257mの本丸からは小田原城や城下の様子が一望できる。
そこに総石垣の城を築いた。
この城を一夜にして築いた(実はそうではないが)という伝説から石垣山一夜城といわれている。
実は・・・
築城にあたり、山頂の林の中に塀や櫓の骨組みを作り、白紙を張って白壁の様に見せかけ、一夜のうちに樹木を伐採した。
実際には、80日間の作業だった。
ここが、天守台跡

木が生い茂り、小田原城は勿論、下界はかすかに見える程度。
関東で最初に造られた石垣の城だったそうだ。
今は、崩れた石があちこちに。

もう一つ興味深かったのは、井戸曲輪跡
井戸は25mほど下がったところにある。

もともと沢のようになっていた地形を利用し、石垣の壁で囲むように造られた場所

今でも水が湧き出ている(拡大すると水の澄み具合が分かるかも)

この井戸は、淀君化粧井戸と言われていたそうだ。
両手で輪を作ったくらいの大きさ。
展望台が設けてあり、小田原の街と相模湾がよく見えた。
小田原城も、この展望台からははっきりと見ることができた。
国指定史跡になっているのだが、ここにいた1時間ほど、出会った人はたったの2人。
静かで寂しく、怖いくらいだった。


その道筋に「石垣山一夜城」がある。
聞いたことはあっても、今まで訪れたことはなかったので、チョット寄ってみる事にした。

上まで、こんなサンダル履きで登れるのだろうか。

こんなところだよ。


と言いつつ、何とか上までたどり着いた。
1590年、豊臣秀吉が北条氏の本拠である小田原城を水陸15万の大軍を率いて包囲した。
石垣山は小田原城から3km離れた場所にある。
標高257mの本丸からは小田原城や城下の様子が一望できる。
そこに総石垣の城を築いた。
この城を一夜にして築いた(実はそうではないが)という伝説から石垣山一夜城といわれている。
実は・・・
築城にあたり、山頂の林の中に塀や櫓の骨組みを作り、白紙を張って白壁の様に見せかけ、一夜のうちに樹木を伐採した。
実際には、80日間の作業だった。
ここが、天守台跡

木が生い茂り、小田原城は勿論、下界はかすかに見える程度。
関東で最初に造られた石垣の城だったそうだ。
今は、崩れた石があちこちに。

もう一つ興味深かったのは、井戸曲輪跡
井戸は25mほど下がったところにある。

もともと沢のようになっていた地形を利用し、石垣の壁で囲むように造られた場所

今でも水が湧き出ている(拡大すると水の澄み具合が分かるかも)

この井戸は、淀君化粧井戸と言われていたそうだ。
両手で輪を作ったくらいの大きさ。
展望台が設けてあり、小田原の街と相模湾がよく見えた。
小田原城も、この展望台からははっきりと見ることができた。
国指定史跡になっているのだが、ここにいた1時間ほど、出会った人はたったの2人。
静かで寂しく、怖いくらいだった。


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